古代ローマ、水と技術の光と影

強大な軍事力と洗練された法制度で世界を支配した古代ローマ帝国。その繁栄を支えたのは、驚くべき土木技術の結晶でした。特に「水道橋」は、現代の私たちが想像する以上にローマ人の生活に深く根差していました。遥か離れた水源から、緻密な計算と高度な測量技術によって建設された水道は、毎日何百万リットルもの水を首都ローマに供給。これにより、巨大な公衆浴場が市民の社交場となり、市内のいたるところに泉が湧き、衛生状態の向上にも貢献しました。水はまさにローマの生命線だったのです。

しかし、この水の恩恵には「影」の部分もありました。水道の末端や各家庭へと水を送るパイプには、大量の鉛が使われていたのです。「鉛」を意味するラテン語「プランブム」が「プラマー(配管工)」の語源になったことからも、その普及ぶりがうかがえます。鉛は慢性的な中毒を引き起こし、神経障害や不妊症、認知機能の低下など、様々な健康被害をもたらします。ローマ帝国の貴族階級に多く見られた精神的な不安定さや奇行、あるいは人口増加の鈍化の一因として、鉛中毒の影響を指摘する説は、現代でも歴史家の間で議論され続けています。

また、ローマの技術的偉業は水道橋だけではありません。「ローマコンクリート」もその一つです。火山灰を混ぜて作られたこのコンクリートは、海水の浸食にも耐え、時が経つほどに強度を増すという驚くべき特性を持っていました。その製法は中世に一度失われ、現代に至るまで完全に再現することは困難とされています。これらの事実は、古代ローマが単なる力による支配だけでなく、現代にも通じるほどの高度な科学技術に支えられていたこと、そしてその中には現代の私たちが見過ごしがちな「意外な側面」があったことを教えてくれます。